【ネタバレなし】『八つ』映画史上最も長いモーニングルーティン、驚異の全編ワンカット【レビュー】

2021年5月26日

eight

出典:( (C)Adler & Associates Entertainment )

star06

*ジャンル:ドラマ
*キャスト:リビー・マンロー
*監督:ピーター・ブラックバーン
*脚本:ピーター・ブラックバーン
*公開:2017年mm月

*評価 (10段階):6
*ネタバレ:無

極度の強迫性障害と潔癖に悩むサラ。

彼女の朝は、決まって「アラームを8回押して止める」ことから始まる。

手を洗う時にはハンドソープを8回。

シャワーでは右足をゴシゴシと8回。左足をゴシゴシと8回。

そしていつもどおり、「8番目のシャツ」を手に取り、キレイにキレイに整える。

汚れたと思ったら何度でもシャワーを浴びる。

そんな自分を嫌悪し、嗚咽しても。荒れる肌が痛くても。何度でも、何度でも、シャワーを浴びる。

引用元:Eight Movie | Trailer | Peter Blackburn | Libby Munro | Jane Barry | Luke Townson | Cadence Parkes – YouTube


観た!すーごい作品。

サラの辛さが伝わってきて、観ている側もしんどくなる。精神的に不安定な状態でご覧になるのはあまりオススメしません。

80分全編ワンカットで撮られていて、制作側の熱意が伝わる。

制作側の熱意が強いからこそ、リアルさであったり、伝えたいことがビシバシと伝わってきて、一緒に辛さを味わえるんだろうなぁ。すごい。

この作品は80分程度で、サラが何度も同じことを繰り返すことは想定済みだったので、まぁまぁ退屈するだろうと見込んでいたのですが、思っていたよりもあっという間に感じました。

と言うのも、繰り返しの行動にちゃんと繋がりがあって、「これがあったから、ここが汚れて、こう洗う」とか、「こうなっていたから、これをこうする」みたいにしっかり一本線になっているんですよね。

だから繰り返しのアクションが生じた時に「またか…」となるというよりかは、「あぁ、あそこでアレがこうしたから、またこれやってんだ。」みたいな具合で見やすかったように感じた次第です。

ただ、拝見する前から分かっていたことですが、展開に起伏が無いので、特別面白いってことは無いかな。

これを映画と言うのか、映画にする必要があるのかって言われると、うーんなんとも言えない。そこも含めて評価は6です。

以下、掘り下げます!


まだ朝ご飯も食べてないのに60分経ってらぁ!

もうなんか前段で全部話しちゃってる気がするのですが、物事の展開がとにかく遅い。

しっかりされている方はちゃんとしているとは思いますが、私なんか朝シャン必須のくせに寝坊したら始業の15分前とかに起きるんですよね。信じらんない。

で、吐きそうになりながらシャワー5分、他の準備5分で、タクシー飛び乗って始業時間に会社のゲートをくぐる。セーーフ![1]アウトです。

普通に準備をするにしても、シャワー込みで多く見積もっても30分もかかりません。

一方サラは朝ご飯食べるまでで60分。本編全体で80分。うん?

あ…ありのまま 今起こった事を話すぜ!

「本編全体で80分だけど
朝起きてから朝ご飯を食べるまでの展開で
既に60分使っている」

な…何を言っているのか わからねーと思うが
おれも何をされたのか わからなかった…


参考:『ジョジョの奇妙な冒険 Part3 スターダストクルセイダース』 第136話「黄の節制(イエローテンパランス) – 1」

そうなんですよ。もう展開と呼んでいいのか分からないくらい展開が遅い。記事タイトル通り、長いモーニングルーティンをひたすら見る。

「そんなことやんなくてもいいじゃん」とか、「そんなの気にするなよ」とか、言ってしまうのは簡単ですが、サラにとっては「やらなければいけないこと」なんですよね。

それがサラにとっての決まり事だし、それが気になってしまうのだから。

驚異の80分ワンカット撮影!制作陣には頭が上がらない思い

本作の80分、カットなしで頭から通しで撮影されています。これがすごい。

セリフこそ少ないものの、サラのお決まりは細かくあるし、その様子をカメラは丁寧に追う。

私はあまり精通している方ではないのですが、通しで撮ることでその場にいる感覚というか、ドキュメンタリーテイストになるというか、そんな感じがするんですよね。

もちろん予算等の問題があったのかもしれませんが、この精緻な作品を丁寧に作り上げる。

そうしたことで生まれた緊張感、リアリティを考えると、制作陣には頭が上がりません。

真面目であるという原罪

誤解を恐れずに表現すると、本作のサラのように強迫観念に襲われる人々は真面目すぎるんですよね。

では何が人々を真面目たらしめるのか。それは生まれつきの遺伝的要因かもしれないし、享受した教育かもしれない。

当然それ以外のひょんなことがきっかけかもしれませんし、それは千差万別です。

私自身も幼少期から強迫観念が強く、今でこそどうにかなっているものの、それでもやはり囚われることは多い。

真面目であれ、真面目であれと強く教わり、正しく生きろ、勉強しろ、人と同じように生きて、決して目立つな。常にそう言われて育ちました。[2]外で、周囲が上着を脱いだ時に、着ていたかったのに親に無理やり脱がされたことがすごく印象的でよく覚えています。

口ではいくらでも言えることですが、実際に大人になってから、親に「真面目に生きることを強いていたことを反省している」と謝らせてしまったくらい。(もちろん謝罪を要求したりとかはしていません。)

あるタイミングで、「人はそこまで気にしていないんだ」「“どうでもいいや”って気持ちを持ってもいいんだ」と気付いてから、わざと不真面目な行動をとってみたり、わざと大事なことをテキトーにやってみたり。

そうしたことを何度も何度も、何年も何年も繰り返して大人になった今、ようやく心がザワザワする程度の毎日です。

そんな「気付き」だってたまたまだし、子供の頃のまま育っていたら自分だってどんな生活だったか分かりません。

そうした目線から見て、サラの苦しみは、きっとサラが望んで選んだものではないのだろうなと思う訳ですね。

そんな「自分で選択し得なかった特性」という十字架を担いでもがくサラを見て、「楽に生きろよ」とは口が裂けても言えません。

「何となく分かる」か「全く分からない」か

前述したように、自分はサラの行動が「何となく分かる」タチですが、全員が分かる世界かと言えば少し違うようにも思います。

サラの行動が「全く分からない」という人もきっといると思います。

そうした人たちにとって、本作は多分しんどい。

重々しい感じは伝わると思うんですよ。だからこそ、「しんどさは感じるけど、マジで分からない様子を80分観る」って超キツい。

展開に起伏も無いので、全員にオススメ出来るかと言うとそうでもないかなぁというのが正直な感想です。

映画と言っていいのか少し難しい

本作を観て、単純に「映画ってなんだ?」って思いました。

何を以て映画と呼ぶのか。

時間?であれば、短編映画は映画ではないのか。

一つの映像作品?であれば、暖炉を一時間映し続けた映像作品は映画なのか。

今まで深く考えたことは無かったですし、きっとその必要も無いんだと思います。

ただ、本作は「何となく分かる」人にとっては映画と言えるものの、「全く分からない」人にとっては映画じゃなくてただの動画かもなぁと思った次第です。


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References

References
1 アウトです。
2 外で、周囲が上着を脱いだ時に、着ていたかったのに親に無理やり脱がされたことがすごく印象的でよく覚えています。