【ネタバレなし】『カイジ 人生逆転ゲーム』原作3ゲーム、収まるか!?【レビュー】

2021年5月30日

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出典:( (C)東宝 )

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*ジャンル:マンガ原作
*キャスト:藤原竜也天海祐希香川照之
*監督:佐藤東弥
*脚本:大森美香
*公開:2009年10月

*評価 (10段階):5
*ネタバレ:無

主人公カイジは友人の借金保証人として、多額の借金を背負うことになる。定職も持たず返済のアテがないカイジは、勝てば借金帳消しとなる勝負に挑む。

本作は、原作で馴染みある「限定ジャンケン」「電流鉄骨渡り」「Eカード」が登場する。

主人公カイジ役には、シリアスな役柄を多く演じてきた藤原竜也。原作の遠藤役は女性に代わり、大女優の天海祐希と面白いキャスティングとなっている。

2時間の尺での緊迫感ある3ゲーム。どのようにまとめるかが見どころとなる。

引用元:カイジ 人生逆転ゲーム(プレビュー) – YouTube


観ました~~。原作を知った上での感想とはなってしまいますが、うーーん、正直観なくても良かったかな。

本作は2009年公開の、映画版カイジ1作目となり、ラストと言われている2020年公開の3作目はまだ拝見しておりませんが、それ次第ではシリーズ丸ごと観なくて良い気が個人的にはしています。。。

3作目に期待することにします。

評価は5としました。理由としては、前述のとおりの印象だったものの、2時間の尺で3ゲーム収める為の工夫が結構見られたり、遠藤を女性に置き換えて天海祐希を据えるところとかは結構好印象だったため。

シリアスな役柄で藤原竜也は結構一般的に浸透していますが、天海祐希の重々しい空気感もカイジの登場人物としては結構ハマってる気がするんですよね。

以下から、少し掘り下げて書かせていただきます。


2時間に3ゲーム収まるかの不安をキレイに払拭してくれた見事な構成!

本編を観る前に予告編を確認していたのですが、前述したとおり、「限定ジャンケン」「電流鉄骨渡り」「Eカード」の3ゲームが含まれている旨記載されています。[1]参考(動画):カイジ 人生逆転ゲーム(プレビュー) – YouTube

その時点で原作を知っている立場としては、いの一番に「いや、どう考えても収まらなくない?」と思ってしまうんですね。

上記3ゲームについて、原作では13巻で完結するため漫画の巻数と映画化という観点ではそこまで珍しいことではないかもしれません。[2]近いところでは『亜人』は実写映画化時10巻まで既刊『いぬやしき』は全10巻『莫逆家族』は全11巻(リンクは全てWikipedia)

ただ、心理戦・どんでん返しがストーリーの主因を占めるため、巻数以上に内容が濃いんですよね。

原作の福本伸行先生は麻雀漫画『アカギ』で、数時間の対局を20年かけて描いた。途中麻雀をほったらかしにして幻想の中で鬼退治するストーリーを描き続けた。という前科(!)もあるため、ファンとしては福本漫画には長尺の印象があり、「2時間で3ゲーム」というところが少し心配になるわけです。[3]参考:この世に永遠なんてないけど、アカギと鷲巣だけはほぼ永遠 – outoutput

ただ本作は、展開や構成に大胆な修正を加えることでうまくまとめ、キレイに3ゲーム収めてくれました。確かに漫画ほど濃くはありませんが、2時間でこの3ゲームを丸く収めたこと自体が素晴らしいと思います。(3ゲーム収録する必要があったのかはまた別の話ですが。)

納得感のあるキャスティング。遠藤を天海祐希にしたのには驚き。

キャスティングも良かったと思います。カイジ役に藤原竜也、利根川役に香川照之、なにより遠藤役を女性に代えて天海祐希。

性別の垣根を超えたキャスティングはライアーゲームの福永くらいしか存じ上げないのですが、遠藤役で天海祐希が出てきたときは「女性!?」という驚きと共に、「ぁーー、天海祐希だな。」という納得感もありました。

配役を決める時に原作の性別と同じ性別の人でハマり役を探しそうですが、性別を超えてハマり役の天海祐希をチョイスしたのは良かったように感じます。

工夫むなしく、原作には及ばず

とは言え、ドキドキ感が足りないなというのが率直な感想です。

原作の面白さは、どんでん返しにどんでん返し、協力、裏切り、悪知恵比べに、想定外の奇策。そんな、ドキドキがドキドキを生むようなところにあると思っています。

それと比べると、本作は全くと言っていいほどドキドキしません。2時間3ゲーム、繋ぎを考えると単純計算で1ゲーム30分程度しか割り当てられません。

そうなってしまうと、ちょっとしたどんでん返し、ちょっとした裏切りが関の山。

カイジだからこそ思いつく奇策も、この映画では「ちょっと考えたら思いつく単純策」くらいのレベルだったのが残念です。

初めから一貫して、「なぜ2時間に3ゲーム突っ込んでしまったのか。」ということばかり思います。

細かいところが雑い。電気に強い黒服と、常に油性ペンを持ち歩くカイジ。

「リアリティ」というものは作品ごとに定義されるものであり、その世界の基準では理解できないものに、私たちはついつい反応してしまうように感じます。

『進撃の巨人』で巨人が登場してもリアルですが、『バットマン』で巨人が登場するのはリアリティに欠けるはずです。

『バットマン』が空を飛んでもリアルですが、『闇金ウシジマくん』のウシジマくんが空を飛ぶとリアリティに欠けるものがあります。

同様に、カイジの世界にもカイジの世界だからこそ許容されるリアルさと、そうでないものがあると考えます。その点本作は、原作では大事にしていたそういったボーダーラインを、時折超えていたような印象です。

ネタバレにならない範囲で触れてみると、「電流鉄骨渡り」での一場面。

こちらは想像通り、原作でも映画でも「電流鉄骨を渡る」ことになるのですが、原作を読んでいるとほんの一瞬だけ「感電しないの?」とか無粋なことを考えてしまいます。

ただ一流に飼いならされた読者は、すぐさま「いや、靴履いてるからセーフだ。」と考えます。某ゴム人間も電気に強いじゃないですか。それです、それ。ゴムゴムのカイジ。

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引用元:『ONE PIECE』 第279話「海賊ルフィVS神・エネル」

それに伴った点について、原作では、鉄骨に電流が流れていることを示すとき、某ゴムゴムの黒服はゴム手袋をして鉄の棒を当ててバチバチっとする訳です。これはゴム手袋をしているのでセーフじゃないですか。僕たちは一流に飼いならされているので。

一方で映画では、素手で鉄の棒を持った黒服がそのままバチバチっとする訳ですよ。細かすぎるかもしれないですが、それを見たら「いや、普通に感電しない?」とか思っちゃうんですよね。

いや、ゴム手袋の有無だけで変な話ですが、本当になんだか気にしちゃうんですよ。

「電流の流れる鉄骨」-「鉄の棒」-「素手」って、いや普通の人なんだからそれって普通に感電しない?みたいな。むしろそれで感電しないなら何しても感電しなくない?みたいな。

そんな感じに、カイジの世界で許されるボーダーラインを絶縁体の有無に見出してしまう訳です。

今回の映画では、上記の内容だけではなく、随所に細かいところの粗さを感じてしまって、そこに対してうーーんと思ったりしていました。

リアリティとは別のところですが、強制連行みたいな場面の後、カイジがポケットから油性ペン出すんですよね。

いや、なんで持ってるの?ってすごい気になっちゃって。油性ペンなんか、僕たちでもポケットに入れてないじゃないですか。

強制連行されて、もう文字通り手も足も出ない、何処に向かっているかも分からない、そんな時にもカイジはポケットに油性ペンだけ入れてるんですよ。小学生かよ。[4]やたらと持ち物に名前書かされたよね。

ちなみにこの部分、原作では合理的な流れでちょっと前に黒服から渡されるんですよね。で、その後ウンウン考えたカイジはハッとして、ちょっと前に渡された油性ペンを利用する。

映画ではその数十秒のくだりをカットした結果、たまたまカイジがポケットに油性ペンを持っていたということになる訳です。うーーん、ちょっと雑いかな。

全体としてはそんな感じですかね。良いところもありましたが、それでも少し厳しいかな。

ちなみに僕は悪魔の実の能力者でもないのに泳げません。おしまい。


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